縄文人と私達 〜 注22

公開: 2022年9月26日

更新: 2022年11月19日

注22. 貨幣経済と金

アイヌの人々は、貨幣経済の導入を拒み、長い期間に渡り物々交換の経済を維持しました。しかし、かなりの数の和人が日高地方で金の採取を始めたため、アイヌの人々も金の価値を知るとともに、金の採取の仕方や精錬方法も知るようになったと考えられています。その結果、中世には、アイヌの人々も金の価値を理解し、和人との物々交換で金を使うようになりました。

アイヌ語とアイヌ文学の研究者である中山裕(なかやまひろし)は、アイヌ社会における物々交換を次のように説明しています。ある人がある動物や、ある物と出会い、出会った動物や物を得ることは、人間がその動物や物のカムイに祈り、相手のカムイがその人間の祈りに応えて、人間と出会う場所へ、その動物や物の姿で現われたからだと考えるそうです。人間は、そのカムイを歓待し、家へ連れ帰り、お祈りをして、その動物や物を利用し、その後では、再び、そのカムイと出会えるようにお祈りをして、カムイの国に返します。

このようにして人が得た動物や物の一部を、自分が利用するのではなく、別の人に譲り、その人が利用できるようにした場合、その新しい所有者が、その動物や物のカムイの尊厳を傷つけるような行為をしたりすると、そのカムイの怒りは、そのカムイとの再会を祈ってカムイの国へ送り返した人に向かうかも知れません。つまり、我々にとっては、単なる交換の対象でしかない物でも、アイヌの人々にとっては、その扱いの責任(カムイへの正しい対応の責任)を負っている、重要な表象であるため、市場のような場での、不特定の人々との交換には向かないと考えたのです。

例えば、熊の毛皮を例にすると、狩人は、熊のカムイに祈って、猟場へ出かけ、熊の姿をしたカムイと出会い、その身体をもらいます。狩人は、獲物である熊を持ち帰り、そのカムイを丁重に接待して、肉を食べ、仲間に分け与えます。肉を貰う仲間も、カムイに感謝の祈りを捧げます。そして、残った毛皮を処理して、「知り合い」のアイヌ仲間との毛皮と食料などとの物々交換に利用します。しかし、毛皮の物々交換の相手が、見知らぬ人であった場合、その人は、物々交換で得た毛皮を雑に扱うかも知れません。アイヌの人々が、見知らぬ人々との物々交換を嫌う理由は、ここにあったようです。

参考になる読み物

中山 裕 著、「アイヌ文化で読み解く『ゴールデンカムイ』」(2019)、集英社 集英社新書 23ページ〜24ページ